富山大学医学部医学科4年
森田 愛生
MORITA Ami(高75回)
私は医学部医学科4年生で、現在は臨床医学を中心に学習しており、大学では管弦楽団に所属しています。中学の吹奏楽部から数えて10年、学業と並行して音楽活動に取り組んできました。
吹奏楽やオーケストラは、決して1人では成立しません。より良い音楽を作るためには、団員同士の信頼関係が不可欠です。演奏の中で周囲の音に耳を傾け、異なる楽器で1つの音楽を作り上げる経験は、将来医師として働く上でも重要な糧になると信じています。医師もまた、様々な背景を持つ患者さんや多職種と関わり、コミュニケーションをとります。音楽活動を通して、医学の勉強だけでは得られない対話を学ぶことができました。
学業と音楽活動の両立について「大変ではないか」と問われることもあります。確かに、試験期間と演奏会が重なる時期などは、忙しく感じることもあります。しかし、そんな日々を乗り越えられてきたのは、砺波高校での経験があったからです。勉強も部活動もどちらかに絞るのではなく、その両方を大切にしながら、3年生の夏まで部活動をやり抜いたという自負。母校で培った「文武両道」の精神があるからこそ、今の忙しさも自分らしく楽しむことができています。
将来は、生まれ育った富山の地域医療に貢献できる医師を目指しています。これからも目の前の学びを大切にしながら、自分なりにできることを一つ一つ積み重ねていきたいです。
千葉大学融合理工学府基幹工学コース修士2年
安田裕貴 YASUDA Hiroki (72回生)
大学という場所は、自分の「好き」や「不思議」をどこまでも掘り下げられる自由な場所です。私が今取り組んでいる研究や、これまでの学生生活で得た気づきが、皆さんの進路等への一助になれば幸いです。
私は現在、修士課程の2年目として「生物はなぜ効率よく飛べるか」を工学的な視点から研究しています。「生物模倣」という言葉を聞いたことがありますか?
実は私たちの身近なところに、生き物の知恵が隠れています。例えば、ヨーグルトの蓋は,蓮の葉の構造を真似ることで、中身がくっつかず綺麗に剥がれるようになっています。他にも、サメの肌を模した素材を飛行機の機体に貼って空気抵抗を減らしたり、新幹線のノーズをカワセミのくちばしの形に似せて騒音問題を解決したりといった例があります。
何億年という進化の過程で磨き上げられてきた生き物たちの技術を学ぶ毎日は驚きに満ち溢れています。それらを工学に応用することで、人々の生活をより良く、効率的にしていく一端を担えることに、大きなやりがいと楽しさを感じています。
高校時代、私は硬式野球部に所属していました。杉森先生の厳しいノックを受けていた光景は、今でも月に一度は夢に見るほど心に深く刻まれています。あの頃、同じ目標を追いかけ、仲間と過ごした濃密な時間は,今でも時折懐かしく、また恋しく思い出されます。
大学では、9年間続けてきた野球に区切りをつけ、新たに「学生フォーミュラ」という活動に4年間没頭しました。これは自動車部とは異なり、学生が自分たちで一からフォーミュラカーを設計・製作するプロジェクトです。
学生フォーミュラ公式サイト: https://www.jsae.or.jp/formula/student-formula/about/
大学の講義で学んだ理論を、実際の「ものづくり」の場でアウトプットできるこの活動は、私にとって非常に貴重な場となりました。教室の椅子に座っているだけでは決して学べない、泥臭くも知的な刺激に満ちた日々を過ごしました。私はここで、目に見えない空気の流れを制御して力に変える「エアロデバイス」の開発を担当しました。工学系や車に興味がある方は、ぜひ進路の選択肢として検討してみてください。
大学院に入ってからは、縁あって文科省の「トビタテ!留学JAPAN」という制度を利用し、半年間イギリスへ研究留学しました。この奨学金は、今では富山県の高校生向けにも枠が拡大されているようなので、興味がある人はぜひチェックしてみてください。
私の留学体験談:https://tobitate-mext.jasso.go.jp/zukan/detail-3479
トビタテ!留学JAPAN(富山県枠): https://www.pref.toyama.jp/1119/global/20251017.html
入学直後にコロナ禍が始まり、一度は諦めかけた留学でしたが、大学院というタイミングで行けたことは結果として正解でした。工学・生物・英語という三つの要素を掛け合わせて勝負できたことが、良い結果に繋がったのだと感じています。とはいえ、語学に関しては日本で英検1級を取得して自信を持って臨んだつもりでしたが、現地の日常生活や専門的な議論の中では、自分の未熟さを痛感する場面が多々ありました。しかし、あえて居心地の悪い場所、挑戦が必要な場所へ身を置き、たくさん失敗を経験し(Fail
fast!!)、そこから多くのことを吸収することができたと思います。
また、外から世界を見ることで得た大きな気づきがあります。よく「北欧の生活は理想的だ」とか「イギリスの医療は優れている」といった断片的な情報が称賛されますが、実際に現地で生活してみると、どの国も固有の深刻な問題を抱えている現実が見えてきました。隣の芝生は青く見えるものですが、それらを鵜呑みにせず自分の置かれた環境で工夫し最善を尽くし続ける事が大切だと学びました。
最後になりますが、在学中にご指導いただいた先生方に、この場を借りて深く御礼申し上げます。先生方の教えが、今の私の土台となっています。
砺波高校の皆さんの未来が、素晴らしい挑戦に満ちたものになるよう、応援しています!
畑 和史 HATA Kazufumi (高67回)
■現職
畑総合個別指導学院 代表取締役
LIFE DIVIDENT 代表取締役
株式会社シエルビー COO
株式会社村田製作所
現在、教育事業とSNSマーケティング事業の2社を経営しながら、大手電子部品メーカーで会社員としても働いています。「教育 × ビジネス × 実社会」すべての現場で挑戦し続けています。
■塾事業~"成績”だけでなく“人生”まで伸ばす教育~
2016年に富山で塾講師として教育の世界に入り、2017年に家庭教師事業を立ち上げ、2025年にはオンライン塾と店舗型塾の開校とともに会社を設立しました。
私の理念はただひとつ。
「関わった生徒の人生を、確実に好転させる」こと。
これまで600名以上の生徒を指導してきましたが、そこで確信したことがあります。
伸びない子の多くは才能がないのではなく、「正しい勉強の戦略」と「計画の立て方」を知らないだけ だということです。
だから私の塾は、教科指導だけでなく、勉強計画・学習戦略・自己管理・人生設計までサポートする塾です。
努力が結果に変わる瞬間、合格通知を握りしめて泣く生徒、感謝を伝えてくれる保護者。
その一つひとつが、私の原動力です。
教育はただ勉強を教える場所ではありません。
人生の軌道を変えるための“起爆装置”です。
私は、そのスイッチを押せる存在であり続けます。
これからも多くの子どもたちの未来に火をつけていきます。
■SNS事業
2025年からは新たな挑戦としてSNS事業もスタート。
旅行系インフルエンサーとしての発信に加え、企業のX運用代行やコンサルとしてマーケティング支援にも携わっています。
挑戦する人が評価される社会をつくる。その想いで活動しています。
https://www.instagram.com/hachidsj_3129/?hl=ja
■今後の展望
旅行インフルエンサー活動の中でフィリピンに訪れる機会がありました。
そこで東南アジアで働く若者の賃金の低さを目の当たりにしました。その一方で日本には人手不足の業界がある現実を知りました。
であれば、日本社会にも、海外の若者にも価値のある形で繋げればいい。
2026年は外国人向け就労サポート事業を立ち上げ、人生を変える“架け橋”をつくります。
■最後に
なりたい自分になれるのは、「本気でなろうと決めた人」だけです。
挑戦は恥ずかしいことじゃない。
行動しないまま終わる人生の方が、ずっと怖い。
私は挑戦し続けます。
そして、挑戦する人の背中を全力で押し続けます。
後悔のない人生を、一緒に掴みに行きましょう。
次回は、同期の岩瀬さんにバトンをつなぎます。
伊藤 智範 Tomonori Ito(高52回)
プラニスウェア・ジャパン株式会社
ビジネスディベロップメント ストラテジックソリューションズ バイスプレジデント
私は具体的な仕事紹介というよりは、予測不能な時代を自分らしく生き抜くための「キャリアの考え方」について、自身の経験を交えながらお話ししたいと思います。キャリアとは、一度決めたゴールを目指す一本道ではなく、自分だけの物語を能動的に書き上げていく「冒険」のようなものだと私は考えています。そして、その冒険のコンパスとなるのは、「何になりたいか」以上に、「なぜ、それをしたいのか?」という問いです。
白衣に込めた夢と「見えない壁」
私の冒険は、科学の世界への憧れから始まりました。大学院で化学を学び、製薬会社で創薬研究者としてのキャリアをスタートさせました 。自分の研究がいつか世界の誰かを救うと信じ、新しい分子の設計に没頭する日々は刺激的でした 。
しかし、情熱を注いだ研究テーマが、ある日突然打ち切られるという「見えない壁」に何度もぶつかりました。理由は科学的な問題ではなく、いつも「予算がない」「事業性が見込めない」というものでした。科学的に正しいだけでは、価値あるものを世に送り出すことはできない。この悔しさ、無力感が私のキャリアを大きく変える原動力となりました。壁を嘆くのではなく、壁の向こう側に行き、その構造を理解し、科学の価値を最大化する武器を手に入れよう。そう決意し、6年間着続けた白衣を脱ぎました
。
新しい武器を求めて:科学者がビジネスの「言語」を学ぶ
私は同じ会社の中で「R&Dファイナンス」という部署に移りました
。研究開発という船の「航海士」のように、どのプロジェクトにどれだけ投資すべきかを見極め、会社全体の成長に貢献する仕事です。それは科学を捨てたのではなく、ファイナンスという新しい「言語」を操り、科学の価値を最大化するための挑戦でした。東京本社で経験を積んだ後、アメリカのシカゴへ赴任し、グローバルな意思決定の現場を肌で感じました
。この経験を通じて、私の視点は一つの研究所から、世界全体を俯瞰するものへと変わっていきました。
「個」から「組織」へ:価値を最大化する働き方
キャリアの初期、研究者だった頃の私の成功は、あくまで「個人」の成果でした。しかし、ファイナンスや経営企画に移ってから、成功の定義は大きく変わりました。「個人として結果を出す」ことから、「組織や会社全体で結果を出せるように貢献する」ことへとシフトしたのです。
私がリーダーとして関わってきたDX(デジタル・トランスフォーメーション)やグローバルな組織改革プロジェクトは、まさにその実践でした 。例えば、新しい経営管理システムをグローバルで導入するプロジェクトでは、世界中のメンバーと協力し、会社の血液とも言えるお金の流れをよりスムーズで透明性の高いものに変えようとしました 。
これらの仕事の目的は、私一人が優れた仕事をすることではありません。組織全体がより賢い意思決定をし、より効率的に仕事を進められるような「仕組み」や「文化」を作ること。個人の力を足し算で増やすのではなく、組織の力を掛け算で増やす。そこに、より大きな価値とやりがいを感じるようになりました。この考え方の延長線上に、現在の仕事があります。今は、プラニスウェア・ジャパンという会社で、かつてユーザーとして導入を推進したソリューションを通じ、日本中の多くの企業が同様の経営課題を解決するのを支援しています
。自分の経験を、一つの組織から、より多くの組織へ、そして社会全体へと広げていく。これもまた、私の挑戦です。
「ポケモンのレアカード」を目指す
キャリアを歩む中で、私の指針となったのが、尊敬する上司からもらった「ポケモンのレアカードになれ」という言葉です。他とは違うユニークなスキルの組み合わせで、代替不可能な価値を持つ人材になれ、という意味です。私については今のところ、「科学の知識」×「ファイナンスと経営のスキル」×「グローバルな実務経験」という掛け算でレアリティを上げられたと思っています。
この考えは、「“〇〇会社の私”ではなく、“私”として生きる」という信条に繋がっています。会社の看板がなくとも通用する市場価値を持つために、常に自分をアップデートし、違いを作り続けることが大切だと考えています。
次のバトンは同級生の小倉くんが代表を務める、コリニア株式会社の岩瀬直人さんにお繋ぎします。
冒険の主なパートナー(所属会社)
アステラス製薬株式会社 https://www.astellas.com/jp/
協和キリン株式会社 https://www.kyowakirin.co.jp/index.html
プラニスウェア・ジャパン株式会社(現職) https://jp.planisware.com/